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\1,500/60ml
南アフリカと侮るなかれ、ナポレオンが死ぬ前にもう一度飲みたいと言った伝説のワインです。
フランス「Coffee-table book」で「世界の伝説の100ワイン」、2000年には「世界で最も神話的な9つのワイナリー」に選ばれる。南アフリカ・ジョン・プラッターワインマガジンで毎年5星評価。2002年9月のアメリカ「ワイン&スピリッツ」マガジンで「世界の偉大なワイナリー25」の1つに選ばれる。世界中に毎年のヴィンテージを集めるコレクターもいる。
この伝説のワインは1685年に当時のケープ植民地の総督であるシモン・ヴァンダー・ステルとともに始ました。彼はダイナミックかつエネルギッシュな人で、その小さなケープ植民地は単にインドへ向かう途中の中間点ではなく、現実的に意味のある場所であることに気づきました。
彼は自分の農場を選ぶ前に、労働者達にケープ半島の南側に沿って大量の土を掘らせました。サンプルは本国に送られフォルス湾に面 する谷は、ブドウ栽培に最適な場所であることが証明されました。そこは、インド洋と大西洋に挟まれ、湿気を含んだ涼しい風が吹き、また何百年にも渡って風化された花崗岩は、ブドウの栽培と質の高いワイン生産に成功する為に必要なものでした。
彼の巨大なワイナリーはコンスタンシアと呼ばれ、ヴァンダー・ステルはすぐに質の高い洗練されたワインで評判になりましたが、それは彼の死後50年経った後でした。彼が亡くなった50年後にヘンドリック・クローテがヴァンダー・ステル総督の夢を実際にかなえました。初期のドイツ移民のひ孫である彼もまた、ダイナミックかつ勤勉な人で、土壌を愛し、南アフリカで最上のワインを生産するための判断が出来る人でした。
ヴァンダー・ステルの農場は3つに分けられ、クローテはその農場を買うためにステレンボッシュから来ました。彼は最も素晴らしいワインセラーを造り、新しいワイン用のブドウの栽培を始めました。そのほとんどはフロンティグナク、ポンタク、赤と白のムスカデルと少しのスティンでした。これらは数百年後にコンスタンシアのワインを有名にさせました。
ブドウ畑は細心の注意で栽培され、ブドウはレーズンや蜂蜜のように甘くなるまで熟されました。それから桶の準備にも余念がありませんでした。そしてそのワインはヨーロッパやイギリスに輸出される前に、ゆっくりと熟成されました。
彼らは勇気をもって、ソ―テルヌやマデイラのように一般的に受け入れられている有名な名前に頼ることなく、このワインをコンスタンシアと、そのままシンプルな名前のままで貫きました。
クローテは9人の子供に恵まれ、そのうちの6人は有名なワインメーカーでした。彼は、優秀なビジネスマンであるヘンドリック・ジュニアにコンスタンシアを引き継がせました。そして、その後は孫のヤコブ・ピーターが後を継ぎました。彼は流暢なフランス語を話し、パリにコンスタンシアの代理店を開きました。そこで幾つかのメダルも獲得できました。この時期、コンスタンシアは彼らの活躍によって名を挙げました。
「シャンゼリゼに集まる世界で最もすばらしいワインの一つである伝統的なコンスタンシアワインは19世紀はじめに、ヨーロッパの宮廷人によってシャトーディゲム(フランス産の最高級白ワイン)、トカイ(ハンガリー産ワイン)、マデイラ(ポルトガル産ワイン)よりも好まれ、王様達は競ってこのワインを獲得しようとした」とヒュージ・ジョンソンは書いています。フランス王ルイ・フィリップは、そのワインを獲得するためにフランスから使者を南アフリカに派遣させました。ナポレオンはセントヘレナ島に流された後、孤独を癒す為にこれを飲みました。ドイツ帝国宰相ビスマルクもこれを愛飲しました。イギリスでは、ダウニング街(イギリスの官公庁街)で感動してこのワインを試飲した首相が、南アフリカ・ケープ州からこの大切な贈り物をバッキンガム宮殿の王様に届けました。
甘くて香りの高い、洗練された品のあるコンスタンシアワインは、直ぐに19世紀文学にも登場しました。チャールズ・ディケンズは「一杯のコンスタンシアワインと手作りビスケット」の話を、ジェーン・オースティンは、「彼女の孤独のヒロインは、少しのコンスタンシアワインで傷ついた心を癒そうとした」と書き、ドイツの詩人のクロプストックは、彼の詞の中でこのワインの素晴らしさを表現するのに力を注ぎ、ボードレールはこのワインを彼の感性の高いイメージで表現しました。 19世紀の終わりにかけてネアブラムシの病気がケープ地方で流行り、ブドウ畑がやられ、ワイナリーの中でも倒産するものもありました。グルート・コンスタンスは、実験的なワイン農場として政府に売却されました。そしてクローテはそこを離れました。古い体制は変わり、生産現場が新しくなりました。そして有名な甘いコンスタンシアワインは、世界に喜びをもたらしました。その伝説は誌や散文で不滅のものとなり、いまだにヨーロッパの有名なワインコレクターのセラーの中で眠ったまま忘れられている古いボトルの中で活き活きと生きています。
1980年以来クレイン・コンスタンシアは、シモン・ヴァンダー・ステルの農場の一部を引き継いでいるワイナリーとして、かつて有名なワインを再び蘇らせることを使命として、それに挑戦しました。昔の記録は研究され、300年前にコンスタンシアで使われていたと思われるブドウの中から慎重に選択されたブドウを使って、このワインを生産しています。今、1世紀の間失われていたものが再び蘇りました。ヴィン・デ・コンスタンスは、かつてこの伝説的なワインを作ったブドウ畑で昔のコンスタンシアと同じ製法で作られています。